「おはよう」

目を覚ますと、蓮が微睡んだ目で俺を見ていた。起き抜けの掠れた声は、けれど透き通ったような甘さを纏って鼓膜を揺らす。腕の中で体を擦り寄せながら、「ホワイトクリスマスだよ」と笑う。

「降ってる?」

「降ってる、少し」

「……」

「ちょっとだけ白くなってる」

昨夜は蓮が手の込んだ料理を作り、二人でそれを食べた。そのあと予約していたケーキを食べ、片付けもそこそこに風呂に入り、湯冷めしないようにとホットワインを出してくれた。けれどそれに口をつける前に、俺は蓮の頬を捕まえてソファに押し倒してしまった。
その瞬間、高牧さんの「今夜は世界で一番たくさんの人がセックスする」という、毎年恒例の台詞が頭をよぎった。
クリスマスイブの夜だからか。別に、今夜がクリスマスイブだろうとなんてことない平日の夜だろうと関係ない。したいと思った相手にその瞬間触れられる状況で、受け入れられればしない理由の方がない。だから、今夜がその「性なる夜」なんてことは心底どうでもよく、これから自分たちが及ぶ事も繋がっていない。
ただ、現状として、結果として、高牧さんの言葉通りその夜セックスする一人になることは間違いない。今この瞬間、世界中のあちこちでせっせと愛を営む人間の一人。間違ってはいない。
もう少し寝たいねと零した蓮を抱き寄せ直し、心地のいいポジションを探す。ほんの数時間前まで重ねていた体、もう幾度となくこうして過ごしてきた。それを見つけるのは容易く、すぐに気持ちの良い体勢に落ち着いた。瞼を下ろし伏せられた睫毛を数えようとして、やめる。まだ体はセックスの熱が冷めていない。目を閉じて、眠ってしまおう。そうでなければ再び劣情に負けてしまいそうだった。
蓮の呼吸に合わせて息をしながら目を閉じ、眠れそうだなと力を抜く。けれど、まぶたの裏で鮮明に、昨夜の蓮が蘇った。

「ん、」

ホットワインを一口含んだ蓮の唇からはその甘さとアルコールが香った。それを感じながら重ねた唇を割り、舌先で温度を確かめる。柔らかな唇から漏らされる吐息ごと飲み込むその隙間で、繰り返される俺の名前にひっそりと耳を傾けて。

「れん」

「う、ん……」

「ベッド」

「ん、」

蓮を抱き起こし、その腕を首に回させてから体を持ち上げると「うわ、」と驚いた声が小さく部屋に響いた。

「お姫様抱っこだ」

「お姫様かよ」

「ふふ、違うね、重いでしょ」

「軽くはない」

「あはは」

「でも、」

このくらいの重さがなければ不安になる。風にさらわれて、空気に溶けて、まるで神に召されるように消えてしまうのではないかと。しっかりと硬さと柔らかさを持ち合わせた実体と、その重みと温度を感じることで安心するのだ。
自分で歩くとは言わない蓮に、もう既にセックスは始まっているのだと悟る。自分で誘った好意を、蓮が受け入れて先に空気を作ってしまった雰囲気だ。悔しいことに。
自分の寝室のベッドに蓮をおろし、キスを再開させながらパジャマのボタンを外す。手触りのいい生地を緩やかに剥ぎ、まだ湯上りを感じさせる温度を纏った肌に指を滑らせる。滑らかなその感触に頭の奥が痺れ、キスの熱が上がった。

「、んぁ……とら」

「ん」

「ふぅ、う…ん、んっ」

「れん」

「っあ……ま、」

クリスマスイブの夜、普段より豪華な夕食とケーキを食べる。そして早々に布団に入り、翌朝枕元に置かれているクリスマスプレゼント。サンタクロースを信じていたのかいなかったのか、実際にサンタクロースが居ても居なくても自分のところにも来ていたのか、今となっては曖昧で。けれど、蓮と過ごすクリスマスはいつも特別だったように思う。もちろん今も。
はだけた服を腕にひっかけ、シーツを掴んで快楽に耐える姿を見下ろす俺にとって、それは。

「手」

「、」

「手、は」

「……は、い」

「せいかい」

おずおずと、シーツから指を離した蓮が俺の背中に腕を滑らせた。肩甲骨をなぞりながら、ゆっくりと。くすぐったさに背中を震わせれば、ゆるりと口角が上げられ「くすぐったい?」と、目のくらみそうな甘い声が耳元で囁く。

「くすぐったい」

「痛くない」

「痛くない」

「でも、あと、ついたらごめん」

「いまさら」

「ふふ、酷い」

むしろ付けてくれればいい。消えないほど深く、何度も。真夏に汗だくになってするセックスは、その汗でお互いの肌が指先が滑ってそうはいかない。冬の、この、体温を求め合う本能に従うようなセックスでなければ。

「あったかいね」

「……」

「虎の背中。手も、唇も」

「風呂上がりだから」

「うん」

「暑い?」

「少し、でも、」

気持ちいい、と蓮の額が肩口に擦り付けられる。丸みと硬さの両方を持った、綺麗な額だ。肌の摺れる音が直に劣情を煽る。

もう、話している余裕は無い。

「っ、」

片足を持ち上げ、腰を寄せて手探りで引っ張り出したローションの蓋を外す。最後にしたのはいつだったか、遡るほど遠くもないはずなのに、体は蓮と抱き合う喜びと幸福にだらしなく震えている。
蓮の体を押し開く優越を同時に抱く頃、もう高牧さんの嘆きは記憶の片隅にも残っていなかった。跡形もなく忘れ去っていたことを、今になって思い出した。

「……」

「ふ、ふふ」

「……寝てないのか」

「うん、何となく、勿体なくて」

眠ったと思っていた恋人を抱きしめながら一人、下心を抱いていた俺を笑うように、蓮が息を漏らす。ベッドの下には昨夜のまま脱ぎ捨てた服が広がっているだろうし、ティッシュもコンドームもゴミ箱に入ったまま。それらを全て回収して、顔を洗ってコーヒーを入れたらもう、この気だるさと部屋に満ちた色情は払拭されるはずだ。それをおしく思う時点で、俺はまだ抱いた欲と疼く熱を何とかしたいと思っているのだろう。
朝から不謹慎なほど、乱れた蓮の姿を思い返していた時点で誤魔化しようがない。それを察しているような蓮が少し憎らしいほどだ。

「クリスマスプレゼントはあるかな」

「……」

「枕元に」

「……あ、」

「あった?」

雪の様子を確認したということは、一度起きて布団から出ているということ。その時に用意したのか、頭上をまさぐった手が手のひらサイズの箱に触れた。毎年こんなベタなことをする訳ではなく、忘れた頃に、今年がその気分のタイミングだったかと思う頃に、蓮はそういうことをする。

「何年も一緒にいると、そろそろプレゼントに困るでしょ」

「……」

「でも不思議だね、あれにしようこれにしようって考えるのは楽しいし、これだって、出会っちゃうとそんなこと全然関係なくなっちゃうし、虎は必ず受け取ってくれる」

「そりゃ、」

「それが必要が必要じゃないか嬉しいか嬉しくないかじゃないの」

「はあ、?」

「虎が、居るか居ないか」

「居るだろ、」

「ふふ、うん、居る。それが」

嬉しくて幸せで、毎年泣きたくなるんだよ、と。
蓮は差し込んできた朝の陽に頬を白く光らせて、息を飲むほど綺麗に微笑んだ。

クリスマスイブの翌日
(クリスマスより神聖な恋人は)
(その朝も神より美しく微笑む)



「虎ちゃんも性なる夜だったに一票」
「もちろん俺も性なる夜たったに一票です」
「俺ももちろん」
「ですよね!だって恋人がいて、恋人と過ごして、まあできない理由や事情があるかもしれないから、100%とは言いませんけど!!」
「いやなんでちょっと自慢げなの、俺もそのくらいの気遣いはしてる。したうえでセックスしたよねってあえて…」
「高牧さん!あんまり大きい声でそういうこと言うとセクハラになっちゃいますよ」
「まず自分が声のトーン落とそうな」






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